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志を貫かせるもの
応援者がいれば、人は己の志を貫くことができるのです!」

人が人らしく、自身のやりたいことを気兼ねなく思い切り、やることができる。 きっと、人間にとって最も幸せな生き方というのはこの自分のやりたいことを 思う存分やれるということではないかと私は思う。しかし、日本では、この自 分のやりたいことを思う存分やるということがとても難しい。人は自分のやり たいことを我慢したり、言われたことを言われたとおりにするということを強 要されながら生きていかなければならないというのが、現在の日本の社会の大 きなルール。そのルールからはみ出す者は容赦なく、社会の舞台から切り捨て られ、二度と顧みられることはない、このことを日本人である我々は身を持っ て日々強烈に体験していることと思う。

我々日本人は、自分のやりたいことなどという感情には蓋をし、一切ないもの として考え生きている。子どもの頃には寝るのも惜しいほどやりたいことが あり、その感情や欲求が勝手に放っておいても次から次からどんどん心の中に 湧き出てきたというのに、いつの間にか、やりたいことという気持ちを押し込 めてきた結果、心に垢がこびりついてカチカチに心が固まってしまい、もう自 分のやりたいことなどという感情は心の泉からは一切湧き出てこなくなってし まう。ただ、目の前に用意されたものを言われた通りにこなすだけ。こんな人 生は絶対に楽しくないはずなのに、皆こんな状況に成り下がってしまっている。

自分がやりたいことが分からない。人間が生きる上で私はこれ以上に不幸なこ とはないと思う。やりたいという感情がわかない、これがしたいという欲求が 生まれてこない、それ以上につらいことなんて他にはありえない。そんな状態 にだけは決してしてはいけないと思う。そんなの寂しすぎる。人は自分の何か をやりたいという欲求を大切にして生きていくべきだし、社会はそういった、 人の何かがしたいという意志を尊重して、この意志に基づいて形作られるべき だ。人の意志や欲求を否定して成り立つ社会など、それは人間の住む社会では ない。少なくとも、それは21世紀の社会では決してない。

では、なぜ、この日本という国では、人がやりたいと思うことを思う存分やる ことができないのか?何かをやりたいんだ!という感情や意志、欲求によって、 社会を動かしていくということがどうしてできないのか?私はそれを強く強く 考えた。世界第2位の経済大国なのだから、やろうと思えば、そういった社会 にすることは物理的に考えて全然可能なことだ。それなのに、人が自身の意志 を押し込め、やりたいという欲求を無視し、生きていかなくてはいけないとい うのは、やはり、この社会には仕組みや概念としての何かが決定的に欠けてい る。私はそう思った。

そして、どうすれば、人が自身の何かをやりたいという感情や欲求を大切にし て生きていけるのかということを私は考えに考えた。人がやりたいことをやる ためには何が必要か、人が生きる上で志を貫くためにはどんなものが必要にな るのか、言い換えれば、人が志を心の中に持ち続け、志を貫くためには何があ れば、人は志をずっと貫いて生きていけるのか、私はそれをいつもいつも考え た。でも、その答えはそんなに難しいものではなかった。実に自分の身近なと ころに答えは用意されていた。

社会というのは、実は「お金を出す人」によって形作られている。つまり、 社会というのは、「お金を出す人」の意志によって動いているということだ。 だから、社会に存在するあらゆるものは、すべて「お金を出す人」という役 割を担っている者の考えによって成立している。私たちはそれに逆らうことは できない。お金を出す人に従ってしか、生きていくことができないのである。 それは今までも、そして、これからも21世紀の社会においても変わることの ない普遍的なルール。社会に存在するあらゆるものが、お金を出す人がいて初 めて生み出されるという特性上、このルールは絶対だ。社会は、お金を出す人 の意思によって形作られている。このことをまず、1番初めに私たちは知らな くてはならないことだった。

そして、20世紀という時代において、日本の社会で「お金を出す人」という 役割を演じてきたのは、政府であり、銀行という機関だった。彼らがお金を出 す人である以上、私たちは政府と銀行の意志に従って行動する以外に方法はな かった、それが20世紀という時代だ。そして、彼らは従順で何でも彼らの言 うことをはいはいと聞く者が大好きで、そういう者にしか、お金を出さなかっ た。勝手に何かを作り出すというようなやからは大嫌いだったのである。

だから、私たち日本人は、何かを作ろうと思ったら、必然的にお金を出す人が 政府や銀行以外に存在していないために、彼らの言うとおりにするしかなかっ た。彼らに気に入られない限り、何かをするためのお金を手に入れることはで きなかったからである。自分の意思より、彼らに気に入られることがすべてだ った。これが20世紀という時代だ。結果、私たちは自分の欲求や意志は捨て、 彼らに気に入られるように、自分たちを改造していった。おべっかを使い、自 身の志を捨て、政府や銀行に気に入られるために擦り寄っていく、そうしない と、何かを始めるためのお金を手に入れることができなかった。

これが20世紀の日本の社会の現状であり、そして、今もなお続いている日本 の社会の現状だ。志を貫いて、俺はこんなことをやる!好きなことをやる!と 宣言したところで、政府や銀行に「あ、そう、勝手にすれば、でも、私たちは お金を出さないから」と言われるだけ。そうすれば、何かをするための資金は 一向に手に入らない。それよりも、志なんてものは捨て、政府や銀行にいい思 いをさせ、おべっかを使うような者には、銀行や政府は喜んでお金を出すとい うことが行われてきた。言い換えれば、志を捨てれば捨てるだけお金ががっぽ り手に入るという社会だったのだ。(今もだが)

こうした社会がおかしいというのは誰もがわかるはずだ。人が志を捨てれば捨 てるほど、儲かるなんて社会が健全な社会であるわけがない。願わくば、人が 高い志を持てば持つほど、成功に近づくという社会にしないといけない。それ が人間が生きるための社会というものだ。だから、私たちが今しなくてはいけ ないことは、自身のやりたいことを放棄して、政府や銀行に擦り寄るような者 だけが何かができるというような20世紀の社会のどこがおかしいのか、それ を真剣に深く考えないといけない。どこを改善し、何を新しく創造すれば、私 たちは自身の志を捨てることなく、やりたいことを我慢することなく生きてい けるのか、それを深く深く考えないといけない。

でも、それは実に簡単なことだ。考えるまでもなく、わかることだ。そう、「 応援者=お金を出す人」という役割を私たち自身が自身たちで演じ、自分たち で応援者になり、お金を出す人になれば、すべては解決する。政府や銀行にお 金を出す人という役割をやらせるのではなく、自分たちでやればいい。俺はこ んなことをやる!好きなことをやるという人がいたとする。で、銀行や政府か ら「あ、そう、勝手にすれば、でも、私たちはお金を出さないから」といわれ た時に、自分のやろうとすることを応援し、お金を出してくれる人がいたら、 どうだろう?「あ、別にいいですよ、というか、最初から政府にも銀行にもは なから頼る気なんて1ミリもありませんから」と言えるでしょ。めちゃんこか っこいい。そう、これですよ、これ。志を貫き、生きる。かっこよすぎる。

そう、私たち自身が応援者となり、お金を出す人となれば、人はかっこよく生 きることができるんです。応援者がいれば、社会にはどんどんかっこいい志の 高い人が増えるんです。今までの日本の社会では、私たち自身がお金を出す人、 応援者という役割を忘れていたために、政府や銀行といった機関が独占してお金 を出す人という役割を演じてきた。その結果、私たちは彼らに擦り寄るような へいこらした生き方しかできなかった。でも、これからはそうじゃない。社会の 中で、私たちが応援者やお金を出す人という役割を演じれば、人は銀行や政府に 擦り寄る必要はない。自身の意志に忠実にやりたいことを思い切りやることがで きるようになる!

21世紀の社会は、自分の好きなことをやる。やりたいことを思い切りやる。志 を貫いて。そう力強く宣言して、かっこよく生きていくことができるようになる。 人間なんてそんなに強いものじゃない。ご飯も食べないと3日も生きていけない ような生き物なのだ。だから、そんな人間がかっこよく、じぶんのやりたいこと をやって、志を貫いて生きていくためには、それに相応するだけの社会の仕組み が必要不可欠なんだ。皆さんには、そこに気付いて欲しい。人が志を貫いて生き ていくことができるのは、応援者というお金を出す人がいてこそなんだというこ とを。

リストラされてなんで怖いの?それはそこからご飯を食べていけなくなるから。 では、逆に、おれはこんなやりたいことをやる!と宣言した時に、応援者やお金 を出す人が社会の中にたくさんいて、応援してくれるという土壌が社会の中にあ ったら、別にリストラなんて全然怖くない。はい、今すぐ、こちらから、こんな へぼい会社、辞めさせていただきます、俺はこれをやりたいので!ということが できる。そして、応援者やお金を出してくれる人と一緒に、自身のやりたいこと を思う存分追求することができる。

まさに、社会はそういう風にしないといけない。これが21世紀の社会だ。皆が 自身のやりたいことに基づいて生きる、それ以上に人間にとってすばらしい人生 はないし、人はそんな人生を生きなくてはいけない。人生はたった1度なんだか ら。そして、人が自身の志に基づいて、自身のやりたいことを追及しながら生き ていくという社会を可能にするのが応援者というお金を出す人だということを知 って欲しい。お金を出す人、応援者という役割は本当に社会においてとてつもな く重要な役割を担っているのだ。そのことを私はこの出版プロジェクトを通じて、 皆さんに知ってもらいたいと強く思うのです。

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